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千葉地方裁判所八日市場支部 平成9年(ワ)57号 判決 1999年2月17日

原告

X

右訴訟代理人弁護士

有坂正孝

被告

Y2

外三名

主文

一  原告と被告Y2、同Y3、同Y4との間において別紙預貯金債権目録記載の各預貯金債権並びに株券目録記載の各株券が原告に帰属していることを確認する。

二  被告Y2、同Y3、同Y4は原告に対し、遺贈義務者として別紙預貯金債権目録記載の預貯金債権並びに株券目録記載の各株券の名義を原告に変更する手続をせよ。

三  被告Y1は原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成九年三月二八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

理由

第一  当裁判所が認定した事実

当裁判所が取調べた証拠、当裁判所に顕著な事実並びに当事者間に争いのない事実を総合すると、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和二四年四月二六日、父C、母Dの四女として、千葉県旭市で出生した。

原告は、小学校五年の時に、遠戚で同じ市内に住んでいたAと一緒に生活するようになった。当時、Aは子供がなく寂しい生活をしていたので、Aの依頼により同居したもので、Aと原告は、実の母子のような関係であったが、原告が中学三年の時に、Aが夫の相続に関する相続争いで体調を崩したことから、原告は一旦実家へ戻った。原告が高校を卒業した直後にAの症状が悪化し、Aは長野県丸子町の丸子中央病院に入院したが、原告はAから「病院に泊まり込んで世話をして欲しい。」旨依頼され、一八歳の時から丸子中央病院に泊まり込んでAの世話をするようになった。

[甲第一号証、原告本人(第一回)]

2  被告Y1の父Eは医師で、長年Aの健康管理、財産管理に携わって来たことから、昭和四四年にAから被告Y1を養子にしたい旨の申し入れがあり、同年Aは被告Y1と養子縁組をした。

原告は、その後もAの介護をしてきたが、Eの晩年には、Aに依頼されて東京都国立市のEの家に移り、住み込みでEが死亡するまでその世話をしたこともあった。

Eが健在なころは、Eが被告Y1に相談しながらAが夫から相続した不動産等の財産管理をしてきたが、昭和五七年にEが死亡してからは、被告Y1がA所有の建物、マンション、駐車場等の不動産の財産管理をしてきた。

Bは、別紙遺言目録一の建物をAから賃借し、賃料をAの所に持参して支払っていた。

A所有の株式は、Aと原告が管理し、株券は山種証券本店に保護預りになっていたが、Aの指示で原告が山種証券本店に電話して売買を行っていたもので、Aの預貯金もAと原告が管理していた。

原告は、A所有の日貿信の株式は、山種証券の担当者から株価の安いうちに名義変更した方が税金が安く済むと言われ、Aに相談しAの勧めにより生前に原告名義に変更したもので、それ以外の生前贈与を受けたことはなかった。

[甲第一号証、原告本人(第一、第二回)、被告Y1本人、争いのない事実]

3  Aは、原告が独身のままでAの世話をしていたことから、原告の老後の生活を心配し、「結婚もせずに世話をしてくれて申し訳ない。自分が死んだ後の貴女が生活に困ることがないようにするから安心しなさい。」旨原告に口癖のように言っており、平成二年には別紙遺言目録とほぼ同内容の遺言書を作成したが、Aの親戚のFにそのコピーを見せたところ、遺言書の表現に一部問題があるというので、Aは平成四年にそれを書き直すことにし、本件遺言書を作成し、封をしないまま封筒に入れて病室で原告に渡した。

本件遺言書は、全文がAの自筆によるもので、末尾にAの署名捺印があり、内容は別紙遺言目録記載のとおりであって、遺言書として適式有効なものである。

原告は、本件遺言書があること及びその内容についてAの生前に電話で被告Y1に伝えており、平成七年ころ被告Y1は原告に電話で、「Aが死亡したら遺言書の検認手続を取らなければならないが、一人ずつ印鑑を貰ったりして手間がかかって面倒だ。」などと述べていた。

[甲第一号証、乙第一号証、原告本人(第一、第二回)]

4  Aは、平成八年一月一八日、丸子中央病院に入院したまま九一歳で死亡した。同月一九日ころのAの仮通夜の後、原告は病室で被告Y1に本件遺言書を見せたが、被告Y1は黙って読んだだけで特に何も言わなかった。

原告は、同年三月ころ、被告Y1夫婦の助力もあって千葉県船橋市に木造アパートを借りて引っ越し、近所の歯科医院の事務手伝いをするようになった。

同年四月ころ、原告は、被告Y1から「遺言の処理は遺言通りにやるしか方法がないので、遺言の本物を送って欲しい。それに八十二銀行と三菱信託銀行の通帳も過去三年分の金の流れを税務署に教えなければならないので送って欲しい。」旨言われ、同月三日ころ、本件遺言書と三菱信託銀行、八十二銀行の通帳計三冊を被告Y1宛に書留郵便で送付した。

被告Y1は、これらの書類を入手してから態度を豹変させ、「遺言書は返すことはできない。」旨原告に伝え、前記二行の金融機関に対して預金の名義を相続人に変更するよう要求し始めたが、金融機関は被告Y1からの要求を断わっていた。

原告は、被告Y1の態度の変化に驚き、知人に原告代理人を紹介してもらい、同年六月一二日ころ、原告代理人と一緒に被告Y1に会いに大阪に行き、ヒルトンホテルで被告Y1と会うことになった。ヒルトンホテルでは、最初は原告は弁護士を同行していることを話さずに原告だけが被告Y1と会ったところ、被告Y1は現金一〇〇〇万円を差し出し、「税金がかからないお金だ。」旨告げて原告に受けとるよう求めたので、原告はこれを受けとらずに原告代理人を呼び、原告代理人において被告Y1に対し本件遺言書の検認手続をするよう説得したが、被告Y1は「自分の弁護士と相談してから連絡するからホテルに泊まって待っているように。」旨言って帰ったものの、結局連絡をしなかった。

原告代理人は、本件遺言書の検認手続をするので原告に返還するよう要求し、返還要求に応じない場合は、遺言書を隠匿した者として被告Y1の相続欠格を主張する裁判手続をとる旨記載した同月一七日付の内容証明郵便を発し、右郵便は同月一九日被告Y1方に到達した。

[甲第一号証、第三号証の一、二、原告本人(第一回)、被告Y1本人]

5  本件遺言書は、原告と被告Y1以外は目にしていなかったが、原告が他の受遺者に手紙を送ったことから、被告Y1は他の受遺者を無視できなくなり、平成八年七月下旬、Aが世話になったお礼と称してGに金一〇〇〇万円、Hに金五〇万円、Iに金五〇万円、Jに金二〇〇万円、Kに金二〇〇万円、Lに金一〇〇万円をそれぞれ支払った。

Aの新盆は、同年八月一四日ころ千葉県茂原市の両忘庵で行われたが、その席で、原告は被告Y1に「本件遺言書の検認手続をして遺言のとおり実行して貰いたい」旨要求したところ、被告Y1は「日貿信の株が下がったから税金が払えないから。」旨答えた。Bが、「遺言書を持っているなら返したらどうだ。」旨言ったところ、被告Y1は「そのとおりやる。」旨述べた。

原告は、被告Y1の態度が変わらず、本件遺言書を返還してくれないので、同年一〇月二四日ころ神戸地検に対し、被告Y1を私用文書毀棄罪で告訴した。

被告Y1は、同年一一月二〇日、Aの相続に関し、坂龍雄税理士に依頼して、Aの相続財産の取得者が被告Y1のみである旨の無遺言相続の相続税の申告書を銚子税務署に提出した。

Bは、平成八年中に、被告Y1を被告として別紙遺言目録記載一の不動産を昭和五三年七月二八日に生前贈与を受けたとしてその所有権移転登記手続を求める訴訟を東京地方裁判所に提起した。右訴訟において、被告Y1は形式的に争ったため、平成九年一月二〇日にB勝訴の判決が言い渡され、Bは右確定判決に基づいて右不動産のうち土地については所有権移転登記を、建物については所有権保存登記を同年二月二八日受付で経由した。

Bは、右訴訟の前後から態度を変化させ、原告に協力的でなくなった。

[甲第一号証、第五号証の一ないし八、第八、第九号証、乙第三号証、原告本人(第一、第二回)、被告Y1本人]

6  被告Y1は、平成九年二月ころ、B名義で原告代理人の銀行預金口座に金二〇〇〇万円を振込送金したので、原告代理人は同年三月五日付内容証明郵便で、右金員は無断で振込まれたものとして保管している旨Bに伝えた。

原告は、平成九年二月一〇日ころ、原告代理人弁護士を選任し、平成九年三月九日、本件訴訟を提起した。同年四月三〇日の本件訴訟の第一回口頭弁論期日において、裁判所から被告Y1に対し本件遺言書の検認手続をするよう勧告がなされ、同年七月一〇日、千葉家庭裁判所八日市場支部において本件遺言書の検認がなされた。

[甲第二号証の一、二、乙第一号証、被告Y1本人、当裁判所に顕著な事実]

7  Aは別紙預貯金預金債権目録記載の各預貯金債権(本件預貯金債権)並びに株券目録記載の各株券(本件株券)を所有していた。

被告Y1はAの養子であり、Aを被相続人とする相続における唯一の法定相続人であった。被告Y2は被告Y1の長女、被告Y3は被告Y1の次女、被告Y4は被告Y1の長男である。

[争いのない事実]

8  原告は、被告Y1が原告とAの二七年間に及ぶ関係を知っており、Eの晩年の世話もしたことから、被告Y1が前記のような態度をとることを予想だにしてなかったため、被告Y1の本件遺言書隠匿行為により極めて大きな精神的ショックを受けたもので、平成八年五月末には呼吸が苦しくなる症状が発生したことから社会保険船橋中央病院の耳鼻咽喉科を受診したところ、精神的なものが原因であると診断された。

[甲第一、第七号証、原告本人(第一回)]

第二  争点に対する当裁判所の判断

一  本件遺言書の効力について

被告Y1は、本件遺言書を遺言書なる手紙と主張し、被告Y1本人尋問においても、「貰ったときに開封されている状況や被告Y1が知らない部分を原告が知りすぎている部分や筆跡とか不自然な点が多かったので遺言書なる手紙と表現した。本件遺言書はAの意思に基づくものではないと思う。」旨供述しているが、自筆証書遺言は秘密書類遺言と異なり封印されていることは要件ではなく、本件遺言書の筆跡がAの自筆によることも明らかで、本件遺言書は原告が元々Aから開封されたままで手渡されたものであるから原告がその内容を熟知していることは当然であって、本件遺言書が真正に成立した適式有効な遺言であることは論を待たない。

後記二記載の事実に鑑みれば、被告Y1の右供述は、被告Y1がいずれも本件遺言書の効力に影響を及ぼすものでないことを知りながら単なる弁解として述べているものと断ぜざるを得ない。

二  被告Y1の相続欠格について

一般に、民法八九一条五号に定める相続欠格事由としての遺言書の隠匿とは、故意に遺言書の発見を妨げるような状態におくことを意味し、また、遺言者の意思に反する違法な利得をはかろうとする者に制裁を課することによって遺言者の最終意思を実現させようとする同条の趣旨に照らすと、右隠匿については、隠匿者において遺言の隠匿により相続法上有利となりまたは不利になることを妨げる意思に出たことを要すると解するのが相当である。

本件では、前第一認定のとおり、原告は元々遺言者であるAから本件遺言書を手渡されて保管していたところ、被告Y1において、あたかも本件遺言書の執行をするかの如く原告に申し向けて原告から本件遺言書の送付を受けながら、原告並びに原告代理人弁護士からの度重なる返還要求に対してこれを拒否し、本件遺言書の検認手続をしないまま本件遺言書による遺贈額よりはるかに低額な金一〇〇〇万円または金二〇〇〇万円を趣旨不明なまま原告に提供し、他の受遺者には本件遺言書による遺贈額より低額な現金を支払い、無遺言相続の申告をしたもので、これらの被告Y1の行為は民法八九一条五号に定める遺言書の隠匿に該当することが明らかである。

被告Y1は、本件遺言書の隠匿を企てたり、隠匿したりしたことはない旨主張し、被告Y1本人尋問において、原告から本件遺言書の送付を受けたのは、株式等原告に聞かないと分からない面があったからである旨供述しているが、そうであれば本件遺言書の原本でなくとも写の送付を求めることで足りた筈であるし、原告並びに原告代理人からの返還要求に応じない理由にならないから、被告Y1が本件遺言書を隠匿する意思で原告にその原本を送付させたものと認めざるを得ない。

また、被告Y1は、Aの唯一の相続人として「遺言書なる手紙」を所持保管したとか、検認手続を取ろうとしなかったのは法的知識がなかったからで、検認手続自体も知らなかった旨主張し、供述するが、前記のとおり、被告Y1自身が生前原告に遺言書の検認手続について説明していること、被告Y1は原告代理人から内容証明郵便を受領してからも本件遺言書を返還しないばかりか検認手続もせず、趣旨不明の金銭を原告代理人の預金口座に振込むなどしていたこと、被告Y1の経歴、本件における被告Y1の供述内容等に鑑みて、被告Y1が遺言書の検認手続を知らなかったというのは明らかに虚偽の供述であり、遺言書の執行をさせないために原告からも本件遺言書の原本の送付を受け、これを返還することも検認手続の申立もしなかったことが明白である。

更に、本件遺言の内容、被告Y1が原告に差し出した或いはBを介して原告代理人の預金口座に振込送金した金額、被告Y1が他の受遺者に支払った金額、被告Y1が無遺言相続による相続税の申告をしたこと等の事実に鑑みれば、被告Y1が本件遺言書を隠匿することによって、被告Y1に有利に遺産を帰属させようとする意思があったことも優に認定できるところである。

してみれば、被告Y1は、民法八九一条五号の相続に関する被相続人の遺言書を隠匿した者に該当するから相続欠格事由があり、被相続人Aの相続人になることはできず、民法八八七条二項により被告Y1の子である被告Y2、同Y3、同Y4が代襲して相続人となる。

三  原告の訴えの利益について

相続欠格の効果は、法律上当然に発生し、特別な裁判手続を要せずして被告Y1は被相続人Aとの関係で相続資格を当然に失うものである。

しかしながら、他方、民法は、相続欠格については推定相続人廃除のような請求手続を法定していないから、本件のように相続人において遺言書の効力を争い、遺言書を隠匿するような場合には、特定物の受遺者である原告は、相続欠格そのものを裁判上訴求できないから、相続欠格の発生を前提とする本訴請求の趣旨第一、第二項の如き訴えを提起する必要があるのであって、原告代理人が主張する税務上の資料の添付の必要性を論ずるまでもなく、原告に請求の趣旨第一、第二項に関する訴えの利益があることは当然である。

四  慰謝料請求について

前認定説示のとおり、被告Y1の本件遺言書の隠匿行為は、民法八九一条五号に該当する相続欠格事由であるところ、原告との関係では故意に基づく不法行為であるから、被告Y1は右不法行為によって原告が受けた損害について賠償する責任がある。

前述のとおり、原告は、いわば青春を捧げて二七年間もの長期にわたりAの介護に従事してきたもので、右原告の労苦に報いるためAにおいて本件遺言をなしたものであるところ、被告の本件遺言書隠匿行為により原告の受けた精神的苦痛は極めて大きかったものであって、被告Y1が当裁判所の勧告により結局本件遺言書の検認手続を申し立てたこと等の事情を考慮しても、原告の右精神的苦痛を慰謝するには金一〇〇万円が相当である。

五  弁護士費用

本件訴訟の経過、難易度、本件訴訟の全体の訴訟物の価格、被告Y1に対する請求の認容額を考慮すると、被告Y1の不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として被告Y1に請求できる弁護士費用は金三〇〇万円が相当である。

六  慰謝料、弁護士費用の附帯請求について

原告は、弁護士費用の請求を平成九年七月九日付訴変更・訴状訂正申立書により追加しているところ、本訴の訴状が送達された日の翌日であることが記録上明かな平成九年三月二八日は被告Y1の不法行為の後であると認められるから、附帯請求起算日は慰謝料のみならず弁護士費用についても同日となる。

七  訴えの変更について

被告Y1は、原告の二度にわたる訴えの追加的変更に異議を述べたが、原告の右訴えの変更はいずれも請求の基礎に変更がなく、これにより著しく訴訟手続を遅滞させるものでもないことが明白であるから、当裁判所は原告の右訴えの変更をいずれも許可したものである。

第三  結論

よって、原告の本訴請求は主文の限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官仲戸川隆人)

別紙<省略>

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